記事番号: 3-77
公開日 2025年11月06日
更新日 2025年12月23日
岩出山の天文暦学者 名取春仲物語
名取春仲先生は、宝暦(ほうりゃく)九年、岩出山町の造り酒屋・「名取屋」に生まれました。
敬純(たかすみ)という名前でしたが、みんなからは権右衛門(ごんえもん)と呼ばれていました。

二十歳頃に、浪士・橋元治正(はしもとはるまさ)について、天文道(てんもんどう)を学び始めました。
それから十数年後、寛政(かんせい)五年。
渋川春海(しぶかわはるみ)大先生から伝わる秘伝書を持っていた、桜田利慶(さくらだとしのぶ)先生の弟子となり、免許をもらい、渋川大先生の秘伝書も継承しました。
春仲は、この頃より門人を取り始めました。
でも、橋元・桜田先生が天文学に詳しくなかったことから、寛政八年から十二年頃にかけて、仙台藩の暦学者・藤広則(ふじひろのり)の弟子となり、貞享暦(じょうきょうれき)、宝暦暦(ほうりゃくれき)、西洋暦などを学びました。
その後、藤先生の勧めで、土御門家の門人となった春仲は、多くの人々に天文道や天文学を教え、次々に土御門家の門人に推挙していきました。
この功績が認められ、土御門家より「天文生(てんもんしょう)」の称号を与えられ、家司(貴族の家に仕える役人)並みの待遇を受けることになったのです。
文政11年、土御門家に招かれた春仲先生は、渋川春海先生の秘伝である「三天・九道・北辰の秘訣」を講義しました。
一商人に過ぎなかった春仲先生が、天文の宗家・土御門家の補佐役という大役を勤め上げた象徴的な出来事だといえます。

投影当時のプラネタリウムリーフレット【一部】はこちら
【一部抜粋閲覧のみ】プラネタリウムリーフレット2002年冬[PDF:1.21MB]
※この作品は、現在投影されていません。
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